札幌で庭づくりをはじめて4年。
ナチュラルガーデン&クレマチスが好き
グレーと白のブチのウサギも飼育中
かなり遅ればせという感じで、上野砂由紀 (ドラマ「風のガーデン」の庭を作った方)の本、
「北の大地の夢見るガーデン」 を購入しました。
北海道でガーデニングをやっている人で知らない人はおそらくいないでしょう。
本屋で見かけるたびにどうしようかな~と迷って、パラパラとやって
今までは、買いませんでした。
どうしてかわからなかったけれど、
上野さんは100年以上続く農家さんということで、
北海道らしい広いお庭を作っていらっしゃる。
それで自分にはあまり参考にならないのでは・・
と思ったのかもしれません。
今回は新しい庭を造るのに、やはり上野さんの本も見ておこうと思いました。
面白かったのは、お花をワードローブに例えるくだり
カンパニュラ アクセサリー
ネペタ(キャットミント) 普段使いのデニム
*デルフィニウム 柄スカートのようなインパクトアイテム
ゲラニウム インナー
*ハーバスカム 定番のブラウス
エキナセア コーディネートを引き締めるジャケット
*ジギタリス ツインニット
ラムズイヤー 薄い色のカーディガン
*印をつけたデルフィニウム・ハーバスカム・ジギタリスは定番とはわかってはいますが、
今の家にもなくて、新しい庭にもとりいれるかどうか迷っている花です。
そして、最近の私のワードローブには、それぞれが例えられた
、柄スカート 定番のブラウス ツインニット がないのです。
あまりにもピッタリあてはまって、一人で笑ってしまいました。
このごろの私のファッションは、ストレッチのきいたジーンズかスパッツ、
ニット・綿のチュニックかワンピース 首元にシンプルなネックレス&スカーフ
その上にジャケットor モッズコート なんて感じです。
やっぱり選ぶ花にも自分の好き嫌いが、確実に反映されるというわけですね 笑
上野さんの本を読んで、旭川の豊かな自然に育まれて育った幼少期の頃の体験が、
現在の活躍の原点であり、原動力なんだろうなと思いました。
私も5歳~6歳の頃、父の転勤で旭川で過ごしました。
子どもの頃の記憶で、美しい色にあふれているものは、その頃だけです。
上野さんは、御両親が農業で忙しかったので、妹さんと近くの山で遊んでいたそうです。
私は勤め人の家庭ですが、その頃の母はかなり忙しく働いていた記憶があります。
上野さんより15歳以上年齢が上ですから、インフラ等もまだ充実していなかったでしょうね。
既製服があまりなかったようで作ったり、セーターを編んだり、
冬の前には漬物、石炭ストーブの世話、
私は3つ下の弟と前に住んでいた人が作った庭でよく遊びました。
スズラン コスモス タンポポ しか花の名前はわかりませんが、
小さな石を並べて作られて花壇・色々な花が咲く花壇の間を通る小径を
飽きもせずぐるぐると弟を三輪車に乗せて、私は後ろからこいで押していました。
夏は結構暑くなるので、プールに母が連れて行ってくれました。
秋になるとたくさんのトンボがとんできて、苦も無く捕まえることができました。
石狩川にも走っていける距離で、川原には黄色のマツヨイグサが群生していました。
お友達と遊んでいる時は野犬の群れに追いかけられたり、
近くのきれいな水が流れる水路でも遊びました。
冬は庭で雪だるま・穴掘り・大きなつららの上で滑ったり
たぶん、私の庭造りの原点もそんな記憶にあるのかな~と本を読みながら思いました。
神奈川に戻ってからの記憶はグレーです。
母は勉強しろ・教会行け と言い、遊びに連れて行ってくれることはなくなりました。
12年前に北海道に来て、帰ってきたという感覚がありました。
離婚して札幌に来てから、記憶はやっと色を取り戻しはじめました。
独りで黙々と何度も藻岩山・円山・手稲山・に登りました。
空沼・札幌・旭岳 も登りました。
子どもたちと遊びにいった、札幌近郊の公園や旅行の写真は、
その頃、安いデジカメしか買えませんでしたが、
美しい色にあふれています。
自由にのびのびと心豊かに育った子ども時代というのは、
私には手に入らなかったものですけれど、
色も自分の個性も、これから取り戻していけばいい・・
と思えるようになりました。
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昨日は、新しい家の電気配線の打ち合わせをしました。
ある程度、自分で考えて、照明器具の候補までプリントして持っていきました。
ただ、ネットでの知識と現場の感覚は微妙にずれるのですね~やはり
最近、人感センサー付きの照明器具や電球が出ていますが、場所によって、用途によって、家の間取りのつくりによって、使い勝手が違ってくるようです。
人がよく通るところだと付かなくていい時まですぐ反応してついてしまう。
内玄関を人感センサーにしようと思っていたのですが、廊下兼ホールとオープンになっているので、
「ちかちかしてうるさいよ~」と電気屋さんにアドバイスされました。
逆に母の住まいのほうは、玄関と部屋の間にきっちり扉があるので、使っても大丈夫とのこと。
は~なるほど。
きっちり区切られている場所のほうが良いそうです。
オープンな空間が多い家には、あまり向かないようですね。
照明の事は早い段階からあれこれ考えていましたが、ネットで
真っ暗な室内に一つずつ、灯りを足していくイメージで考えるとよい、
とありました。
これはなかなかいいですね。
日本のいわゆる建売住宅やマンションの照明は、リビングでも寝室でもなんでも部屋の真ん中の天井に明かりをつけるでしたが、
最近になって場所によって照明の仕方を使い分ける、部屋の中に複数の光源をおく、明るさの度合いを変える、というやり方になってきました。
ちょっと高級でオシャレなマンションなどは、割合早くからそんな感じになっていたかもしれませんね。
しかし、庶民の住宅はというと・・・・・・まだまだですね。笑
日本の室内は海外に比較するとかなり明るいそうです。
確かにそうかもです。
でも、ホテルで困るときもあります。
最近の日本のホテルでもそうですが、リラックスするためには暗めの方がよいとはおもいます。
が、夜についてこまごまとしたものを荷物整理している時は、もう少し明るくならないの~という感じになります。
普段から明るいのに慣れているせいもあるのかもしれないし、年齢のせいもあるかもですが・・汗
照明1つとっても、考え始めれたらなかなか奥が深いです。
これも楽しみ ニッコリ
いや~とてつもない題名をつけてしまいました。
このところ、あることが気になって調べものにいそしんでいました。
肝心の事はまだわからないですが、副産物というか、おまけというのもが結構ありました。
庭の植栽を考えていて、バラもいくつか(かなり?)植えようと、あれこれ物色していました。
調べていると、バラのありよう(系統)も歴史と密接に結びついているな~と感じていました。
日本のノイバラが四季咲き種のフロリパンダ系の祖先になっていますが、
日本のハマナスも世界の寒冷地、北ヨーロッパや北アメリカの浜辺や街路に植えられているようです。
ハマナスをヨーロッパにもたらしたのは、オランダ東インド会社の外科医として、1775年に日本にやってきた
スウェーデン生まれの植物学者のツュンベリーです。
その頃は鎖国を建前とする江戸時代、出島からでられないのですが、彼の植物採集に日本の学者が協力していたらしいのです。
とここまでは、軽い前置きです。
ここで話は一気に紀元前になります。
最近、考古学の研究が進んで、4大文明なんてものは真っ赤なウソとまではいわないまでも、当たらずとも遠からずともいえない状態にまでなってきたようです。
その一つに トラキア文明 があります。現在の国名でいえば、ブルガリア
紀元前5千年~3千年にかけて最盛期を迎えた文明。
なんでも黄金のマスク、装飾物の数々、古墳・(墓)、しかし、文字をもたなかったそうです。
教科書は書き換えられていないようですが、観光ツアーはあるみたいですね 笑
その文明発祥以前の事もわかってきているようです。
地球の歴史は、氷河期と間氷期を繰り返していています。
一番の最近、氷河が極地方に後退していったのは、1万4千500年ほど前
そして文明があったと確実な裏付けがあるのは、6500年ほど前から
氷河が後退してからずいぶんと間があります。
最近、わかってきたそうですが、8000年前、ユーラシア大陸の大半が氷河に覆われていたそうです。
一度大きく後退した氷河が再び戻ってきた。
しかし、コーカサス付近に、凍らない淡水湖が存在したことも明らかになってきた。
そして、今日、ユーラシア大陸にすむ多くの民族が、氷河の中にポツンと存在する、ごく限られたオアシスのような淡水湖周辺に集中していたと考えられるようになったそうです。
この淡水湖が現在の黒海のあたり。
再び氷河が溶けはじめ、地中海が海水に満たされても、しばらくは淡水湖のままでしたが、その後さらに暖かくなり、1年もたたない間に、海水が滝のように流れ込みました。
人々の一部は黒海西側の現在のブルガリアのベリコ・タルノボの丘に。
他の一部は東側のアララト山・ツインピークスに。
こうして、黒海の西と東に別れた人々は、やがて移動と拡散をはじめ、ユーラシアの代表的な民族となっていきました。
ベリコ・タルノボの丘の谷間のカザンラックは、バラの谷と言われ、バラの発祥の地だそうです。
氷河が去り、この地を旅立っていった人々は、バラの伝説を守り、象徴として用い続けたそうです。
ヨーロッパの王侯貴族がバラのエンブレムを用いますが、原点はここにあるようですね。
もしかしたら、現在の世界中のロザリアンたちは、この記憶を持っているのかもしれませんね。
参考
ガン治療と免疫
http://ank-therapy.net/
一見、何の関係もないサイトですが、カテゴリー えとせとら の中の人類史 をたどってください。
いわゆるアカデミックではない博学・博識に驚嘆しました。
庭造りの構想を平面図にしています。
ガーデニング講座を受けていて、任意の課題にガーデンをデザインして平面図・透視図にするというのがあります。
透視図はあきらめて、(娘に聞いたら一点透視なら簡単と言われましたが、私はできん・・・汗)
平面図を描いてます。
雪が降る前にあちこち測っておいたので、縮尺はほぼOK。
で、描いてみたらわかることは、あるのですね~
花壇以外の部分を札幌軟石を敷き詰めようとおもっていたのですが、
その面積が広いと大変なことになる。
自分ではやるには気が遠くなるし、広い面積ではごまかしがきかない。
頼むとしたらおそらくものすごい金額になってしまう。
あとは、植栽も含めて全体のバランス。
久しぶりに鉛筆と消しゴムを使っています。
パソコンだとそういうもの使わないですね。
試行錯誤の日々が続きます。
深夜から早朝、またマイナス16度くらいだったようです。
寒波襲来のようで、真冬日。
最高気温-4度の中、大工さんたちが解体作業をしてくれています。
さすが、道産子大工さんたち。
大型機械でガガガ~と解体すればいいわけではないので手間がかかります。
これは2階部分、屋根裏にグラスウールが入っていました。
32年前としては先進的だそうです。
壁にはスタイロフォームも使われていますから、これも当時としては先進的。
煙突部分
当時の会社の名前入り。
ちょっとノスタルジックです。
他にも エゾマツとか書かれていました。
住宅展示場なんて行くと完成済みの綺麗な見栄えの良い住宅が並んでいますが、
こういう構造や過程が見えるほうが、私は楽しいです。
自分の家にさらに愛着がわきます。
以前、どちらのブログに書いたか忘れましたが、
「人生かときめく片付けの魔法」の著者、近藤麻理恵さんは、
おうちにあいさつしていますか と言います。
わたしがおうちに対して何か大きな存在を感じるのは、お客様のところにうかがうたびに、
それぞれのおうちがどれだけ住む人の事を大事におもっているのかかが伝わってくるからです。
いつも同じ場所で待っていてくれて、守ってくれる。
どんなに働いてくたくたになった状態の自分も癒してくれる。
逆に「今日は働きたくない!」と素っ裸で転がっていても、「いいよ」と受け入れてくれる。
ここまで懐の深い、あたたくて大きな存在はそうそうほかにはいません。
面白いことを言う方ですよね 笑
でも、私は「そうよね~」とそのまま共感します。
なにせ、うちは洗濯機・掃除機・ミシン、自転車などなど、そしておうちにも名前をつけていますから。
ちなみに今のおうちの名前は「プルちゃん」
この家を建てた会社の名前から一部をもらいました。
(その会社は最近、他の会社に吸収合併されたようなのですが・・)
このおうちさんもモデルルームとしてなかなか売れなかった時から、色々なこと考えてたのかな~なんて思います。
私は6回の引っ越しをしていますが、去るときには必ず「今まで守ってくれてありがとうございました。」とご挨拶をします。
自分たちも自ら塗装などで参加して建築したログハウスは、出るときはお酒を撒いてきました。
また入居させていただくときも必要があれば、塩もりなどして、「お願いします」とご挨拶しています。
べつに神道信奉者というわけではありませんが。
結婚・出産・渡道・離婚・等々人生のそれぞれの時に寄り添ってくれたおうちがありましたね。
おっと~
話がおうち信仰みたいになってしまいました。 笑
身の回りにあるもの、自分のために役立ってくれるものに、
感謝の心は持ちたいな~と思います。
物たちもそういう人の心にこたえてくれるような気がします。
だから、捨てられないといって抱え込む必要もないです。
お役目を終えたらまた次のお役目のために旅立たせてあげる方がいいと思います。
使いもせず、見向きもされずに放置されておかれるほうが悲しいと思います。
おっと~
今度がお片付け教みたいになってしまいました。笑
最高気温-4度の中、大工さんたちが解体作業をしてくれています。
さすが、道産子大工さんたち。
大型機械でガガガ~と解体すればいいわけではないので手間がかかります。
これは2階部分、屋根裏にグラスウールが入っていました。
32年前としては先進的だそうです。
壁にはスタイロフォームも使われていますから、これも当時としては先進的。
煙突部分
当時の会社の名前入り。
ちょっとノスタルジックです。
他にも エゾマツとか書かれていました。
住宅展示場なんて行くと完成済みの綺麗な見栄えの良い住宅が並んでいますが、
こういう構造や過程が見えるほうが、私は楽しいです。
自分の家にさらに愛着がわきます。
以前、どちらのブログに書いたか忘れましたが、
「人生かときめく片付けの魔法」の著者、近藤麻理恵さんは、
おうちにあいさつしていますか と言います。
わたしがおうちに対して何か大きな存在を感じるのは、お客様のところにうかがうたびに、
それぞれのおうちがどれだけ住む人の事を大事におもっているのかかが伝わってくるからです。
いつも同じ場所で待っていてくれて、守ってくれる。
どんなに働いてくたくたになった状態の自分も癒してくれる。
逆に「今日は働きたくない!」と素っ裸で転がっていても、「いいよ」と受け入れてくれる。
ここまで懐の深い、あたたくて大きな存在はそうそうほかにはいません。
面白いことを言う方ですよね 笑
でも、私は「そうよね~」とそのまま共感します。
なにせ、うちは洗濯機・掃除機・ミシン、自転車などなど、そしておうちにも名前をつけていますから。
ちなみに今のおうちの名前は「プルちゃん」
この家を建てた会社の名前から一部をもらいました。
(その会社は最近、他の会社に吸収合併されたようなのですが・・)
このおうちさんもモデルルームとしてなかなか売れなかった時から、色々なこと考えてたのかな~なんて思います。
私は6回の引っ越しをしていますが、去るときには必ず「今まで守ってくれてありがとうございました。」とご挨拶をします。
自分たちも自ら塗装などで参加して建築したログハウスは、出るときはお酒を撒いてきました。
また入居させていただくときも必要があれば、塩もりなどして、「お願いします」とご挨拶しています。
べつに神道信奉者というわけではありませんが。
結婚・出産・渡道・離婚・等々人生のそれぞれの時に寄り添ってくれたおうちがありましたね。
おっと~
話がおうち信仰みたいになってしまいました。 笑
身の回りにあるもの、自分のために役立ってくれるものに、
感謝の心は持ちたいな~と思います。
物たちもそういう人の心にこたえてくれるような気がします。
だから、捨てられないといって抱え込む必要もないです。
お役目を終えたらまた次のお役目のために旅立たせてあげる方がいいと思います。
使いもせず、見向きもされずに放置されておかれるほうが悲しいと思います。
おっと~
今度がお片付け教みたいになってしまいました。笑
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kisaraki
性別:
女性
職業:
主婦・母親・自由業・他
趣味:
読書・ガーデニング・カメラ他
自己紹介:
生まれと育ちは関東地方
引っ越し(家の売買も含め)7回を経て札幌郊外に
現在は築32年の家をリノベーションしたもの。
100坪以上の庭も改造中
引っ越し(家の売買も含め)7回を経て札幌郊外に
現在は築32年の家をリノベーションしたもの。
100坪以上の庭も改造中
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